2007年04月02日

10代志学、20代は…


子曰、吾十有五而志乎學、
三十而立、四十而不惑、
五十而知天命、六十而耳順、
七十而従心所欲、不踰矩、


子曰わく、吾れ十有五にして学に志す。
三十にして立つ。四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。六十にして耳順がう。
七十にして心の欲する所に従いて、矩を踰えず。

【 孔子 in 『論語』 】



前々から思っていた。
15は学ぶ、30は立つ。

じゃあ20代は?
学ぶのと立つこと(独り立ち)の間だから、コツコツ経験を積む?
独り立ちするってことは手に職つけてるってことだから
全部の学問を学んでいるより専門職つけってこと?
後は修行ってこと?

一番悩むのは20代なのに。


そうか、20代は大いに悩め、ということか。

と、自分なりに結論づけた。
すると、先日購入した『高校生が感動した「論語」』の中ではこう訳してあった。


十五歳にもなったら将来のことを漠然とでもいいから考えるといい。
わたしは十五歳で学問で身を立てようと決意したよ。
二十代は試行錯誤が許されるが、三十歳になったら的を一つに絞るべきだ。
わたしは三十歳で独り立ちできるようになった。

【 佐久協 in 『高校生が感動した「論語」』 】



20代諸君。そして今日新生活をスタートしたみんな。
一緒に大いに悩み、試行錯誤し、マイペースでいいから目標を定めよう!
しっかり過程も考慮もしてね。孔子さまは目的よりも過程を大事にされますから!

posted by 深峰 旅雲 at 23:50 | Comment(0) | TB(0) | 今日の言葉 in 【諺】

2007年03月18日

死諸葛、走生仲達


死セル諸葛、生ケル仲達ヲ走ラス


【 諸葛亮 in 『十八史略』 】



諸葛孔明は僕のリスペクトリスト
(略してリスリス  。。。つまり尊敬者名簿。)
の上位3人には必ず入るお方である。
大先生であり、かっこいい。
スポーツやら武力やらの憧れではなくかっこいいと思えるのは、
実はけっこうスゴイことではないかと思う。

司馬懿と諸葛亮はどことなく
戦国時代の信玄と謙信に近いものがあって、
ライバルでありながら、実はお互いを理解しあっていた
良き心の友だった、というような。

己の死をも策として張ったかのように
戦場を操作する諸葛亮。
死した後もなお存在感と力を発揮するところには脱帽である。

諸葛亮の死が近いことを知っていた司馬懿。
赤い巨星が蜀陣に落ち、亮が没したと悟った司馬懿は進軍する。
蜀の姜維が翻って、司馬懿に向かって戦いを挑みにゆくように見せ、
諸葛亮が実は生きていると思い臆した司馬懿が逃げ帰ったので、
できてしまった故事成語。


でも、ほんとはビビッて帰ったんじゃないのかもね。

そんな話が載ってる本もありました。
『邪馬台国はどこですか』だったかな?
その続編の世界七不思議編のほうかもしれない。


あくまでも想像の範囲を超えないけど、
実はお互いを支えあっていたのかもしれない、と考えるのは
物語がたくさん引き出せて楽しいものだ。

posted by 深峰 旅雲 at 00:00 | Comment(0) | TB(0) | 今日の言葉 in 【諺】

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